高橋源一郎「一億三千万人のための小説教室」
これは素晴らしい本だった。小説を書きたいという生徒や小説って何だろうという生徒がいたら、これからの僕は、この本をまず薦めるだろう。ただし、君の予想とは違うかもしれないけど、という注釈つきで。何しろ、具体的な書き方の助言が一切ない。では精神論の本かといえば、ある意味ではとても実用的だ。そのくらい変で、でも素敵な、最高の入門書だと思う。
なにもはじまっていないこと、小説がまだ書かれていないことをじっくり楽しもう
小説の、最初の一行は、できるだけ我慢して、遅くはじめなければならない
待っている間、小説とは、ぜんぜん関係ないことを、考えてみよう
小説を書く前に、クジラに足がなん本あるか調べてみよう
小説を、いつ書きはじめたらいいか、それが、いちばん難しい
小説を書くためには、「バカ」でなければならない
小説に書けるのは、ほんとうに知っていること、だけ
小説は書くものじゃない、つかまえるものだ
あることを徹底して考えている。考えて、考えて、どうしようもなくなったら、まったく別の角度で考えてみる
世界を、まったくちがうように見る、あるいは、世界が、まったく違うように見えるまで、待つ
小説と、遊んでやる
向こうから来たボールに対して、本能的にからだを動かせるようになる
小説は、どちらかというと、マジメにつきあうより、遊びでつきあった方が、お互いのためになる
小説をつかまえるためには、こっちからも歩いていかなければならない
世界は(おもしろい)小説で、できている
小説を、あかんぼうがははおやのしゃべることばをまねするように、まねる
なにかをもっと知りたいと思う時、いちばんいいやり方は、それをまねすることだ
小説はいう、生きろ、と
小説は、写真の横に、マンガの横に、あらゆるところに、突然、生まれる
自分のことを書きなさい、ただし、ほんの少しだけ、楽しいウソをついて
一億三千万人のための入門書
繰り返すけれど、この本には実際に小説を書く技術は一切ない。でも、読み終えると「小説ってこれでいいんだ」と思う。あなたの小説の書き方は、あなた以外の誰も知らないけれど、あなたはきっとそれを見つけられる。それは孤独で自由な道だ。そんな励ましと優しさに満ちた一冊である。そして、「あなただけの書き方」を見つける手助けをしている点では、とても実用的な本とも言える。本当に大切なことはここに書かれている、という気がしてくる。
この本は「一億三千万人のための」とついている。職業作家かどうかなんて関係なく、誰にでもその人だけの小説が見つけられる。そんな、小説と読者への信頼感に裏打ちされた本だとも思う。例文として出てくる小説も変なものが多いことを含めて、好みは分かれるかもしれないけど、僕はこの本が大好きになった。